2016.06.05. 柴又100K 参戦記

大会会場の朝
大会会場の朝

 今回の"柴又100K"は、ナンとも言えない気持ちで出場する破目になった。冬からズ~ッと左アキレス腱痛が続いていたため、走り込めていない。練習不充分で臨むレース程ミジメなモノは無いだろう。

 高が市民ランナーが、市民大会でどんなコンディションでどんなパフォーマンスを発揮しようが知ったことではないのだろうが、ワタクシ自身が

 「レースに臨む以上こうあるべきだ!」

とする思いを持っている。それに対して、今回は無様な状態で出走せざるを得なかったのだ。しかし、そんなコンディションでも出走できるのが市民ランナーの特権でもあると割り切って、大会を迎えた。

 暑くもなく寒くもない曇り。スタート前からパラついていた小雨は、走り出していつ止んだのかも気付かない程度の降りだったが、所々に水たまりを作っていた。ランニングシューズというものは、通気性が良い一方で水に弱い。走り出すと、すぐにソックスが水を吸って不快な感覚がジンワリと爪先から伝わって来た。まぁ、しょうがない。

 そんなことよりも左アキレス腱はと言うと‥想定通りの痛さ。これも、しょうがない。

 痛みをかばいながらのフォームは効率的では無い。どうしても重心が後ろに寄ってしまう。

 「これで100kmはキツイな‥」

 そもそも、走り込んでいない状態で100kmも走らなくてはならないのだ。ミジメだが‥しょうがない。

 

 さて、こうなることは百も承知でレースに臨んだので、それなりの策は持っていた。

 ‥イーブンペースで完走しても記録は望めない。それどころか100kmを走り続ける自信も無い。だから、後半は歩きを交えながらのジョグになるだろう。頑張れば歩かずに済むかもしれないが、"サロマ湖"を前に、ダメージを貯めたくないし、今のワタクシは走り続けて遅いタイムでフィニッシュすることに価値を感じられない‥

 などナドの理由から、今回の戦略は、

「50km+50km作戦!」

である!

 解説しよう!

  (# ̄〇 ̄)b

・前半の50kmだけ現状で走れるベストパフォーマンスを心がける!

・例え、左アキレス腱が火を噴いても前半の50kmは(そこそこ)無理をする!

・後半の50kmは‥どうでもイイ‥けど絶対に完走する!

 

って、ザックリとした作戦だった。

 キロ何分ペースでとか細かな計算はぜずに、走り始めてから脚が動くように動かせば良いと思っていた。

 

 幸い、天候に恵まれ走りやすかった。10km辺りから左側からの横風を強く感じたが向かい風では無い。江戸川の河川敷はヒバリが多く、ず~っとひっきりなしに鳴き声が聞こえていた。詳しくないが、他にもいろんな鳥の鳴き声を聞きながら広々とした河川敷を眺めては、これから一日苦戦を強いられるしめっぽい心境を慰めていた。

 

 風も気にならなくなり、日も当たって来た。走りは、足裏の荷重点には敏感になれていたが、なかなか一定のフォームにならなかった。左右差が出たりアーチの使い方(偏平足だけど)がシックリこない。そして体の重さを感じていた。

 ‥そう、明らかにレースに臨むにはオーバーウェートだった。これもレースにポジティブに臨めなかった大きな理由であった。体重を落とせなかったのは練習不足のせいにして、練習不足は故障のせいにする。責任を逃れようとする負のスパイラスである。ミジメである‥これは、しょうがなくない。自分の責任であったから余計にミジメだったのである。

 だから努力を怠った罰を受けるだけであった。

 

 罰を与えて頂いたので、罪滅ぼしにはここで頑張るしか無かった。

 「先ずは、50km!」

っと、ぎこちないフォームを修正しようとアキレス腱の痛みとのバランスを気にしながら、時には痛みを無視しながら一歩一歩前へ進んだ。

 

 40kmを過ぎると、意外と疲れていないことに気が付いた。しかし、脳内モルヒネの効果もあっただろう。ずっと、痛みを感じていたのだから‥ぎこちない走りではあったが目標の「50km」が見えてきたのでペースアップ!しかし、どうしても「後半の50km」も意識してしまう。完走するには余力を残したいと、甘えが出ていたのは事実である。

 

 そんな走りでの「前半の50km」は4時間33分。

 昨年よりも3分遅い。これが実力だったと、とりあえず、

 「50km+50km作戦!」

の前半は成功とした。

 

 前半を終えて、五霞町のレストステーションで小休止。座り込んでドロップバッグから濡れタオルを取り出し、顔・頸・腕を拭く。脇にワセリンを塗り直して太ももをプルプル振るようにマッサージ。左のアキレス腱に触れると、

 「ビンッ!!!」

っという感じに全身が硬直するような痛みが走った。

 「あと半分、大丈夫か?」

 練習ではもっと強く痛んだことがあったので、それよりはマシだと考えてコースへと歩き出した。

 

 後半はまずは、歩いた。筋肉に痛は無かったが、反復するストレスに耐える余裕が無かった。トレーニング不足が如実に表れていた。

 少しずつジョギングペースで走っては歩く‥っという形で前へ進んだ。意外にアキレス腱が痛くなかったのでホッとしたが、タフさが全く無かった。体力的にも精神的にも弱かった。

 前半の目標をクリアしたので気持ちが完全に切れていたが、そもそもがそう言う作戦だった。

 「後半の50kmは‥どうでもイイ‥」

 前半頑張った分、後半潰れるのは当然のことであり、計算通りだったが、それにしても予想以上に気持ちが切れていた。

 

 一旦歩くと脚は回らなくなる。大概そうなると分かっていたが、やはりそうなった。ジョグしてもすぐに続けられなくなるし、

 「"サロマ"の前に壊しちゃイケない!」

っと、当初の考えが、必要以上に甘やかせていたのかも知れない。

 

 こうなると、1kmが長く感じてくる。走るのに飽きてくる。辛くなってくる。投げやりになってくる‥イイことが無い。

 

 それでも、"サロマ"のトレーニングの一環だから前へ進まなくてはイカンと少しずつ進んだのだが‥

 70km辺りからだろうか?良く覚えていないのだが、途中で猛烈な睡魔が襲ってきた。5~6m、目を閉じて走り、前を確認したらまた目を閉じる‥こんなことを繰り返したが、半端な睡魔では無かった。カスかな感覚により自分でも蛇行しているのが分かったが、とにかく頭が痛くなるほどの睡魔だった。確かに当日は早起きしたので睡眠不足は否めなかったが、こんなに酷い睡魔に襲われるとは!‥反省。

 

 残りの距離が20kmを切ると、フィニッシュタイムが気になって来た。

 今回は、全くタイムにこだわっていなかったが、それでもここまで来たら気になって来た。

 「確か、初100kmは11時間20分位だったかなっ?」

 曖昧な記憶を思い起こしながら、今回のタイムを計算すると、同じぐらいになりそうだった。

 日が傾いてきて、厚い雲の下から陽が差してきた。「走れ!メロス」が頭を過ったが、日暮れまでは、少々余裕がありそうだった。

 「18時前なら、まだ明るいナ。」

 「そのくらいでイイだろう」と、考えて、もう歩かないように心がけた。

 「歩かないように」

 簡単なことだが、時と場合によってはとても厳しいこともある。

 今回は、

 「歩かないように」

 がやたら厳しく感じてしまった。前半、頑張ったツケでもあり、練習不足による実力不足でもあり、気合い不足でもあった‥で、歩いてしまった‥弱さを痛感。

 こんなレース展開になってしまったが、最後はやはり出し切らなくてはいけないと自分に鞭を打ちつけた。気合いを入れれば脚は動くようで、それまでの気持ちの弱さを反省しながらペースを上げた‥そして、フィニッシュ。

 ‥ミジメな気持ちは無くなっていた。ザックリとした作戦ではあったが作戦通りであり、最後はそれなりに頑張れた。正々堂々の11時間19分であった。

 

 こんなレースもあって良いだろう。

 また一つ経験を積み上げることが出来た。辛く長い一日であった。

 

 今回も、大会関係者の方々には大変お世話になりました。有難うございました。感謝の気持ちがフィニッシュ後に、怒涛の如く込み上げてきて、シューズからチップを外してくださったスタッフの方には

 「有難うございました」

の声が震えてしまい、上手く感謝の言葉が伝えられなかったかも(?)‥しかし、スタッフの方の表情から察してくださったと思っていますが、改めて、感謝とお礼をしたいと思います。

 有難うございました。

 

 追記:6月26日の"サロマ湖100kmウルトラマラソン"では今回の経験を活かさなくては意味が無い。"柴又100K"を支えてくださった皆様のためにもそうすると決意し、残された日々を精進すると誓う。

画像:ランナーズアップデートより // リンク先:RUNNET大会結果
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